巨大自然災害に備えての貯水タンクのあり方

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中央大学 副学長 総合政策学部教授 平野廣和

1 はじめに

 近年の自然災害の多発に伴い、貯水タンクは平時に飲料水及び生活用水を供給する役目だけでなく、災害等の非常時に復旧までの間の飲料水や生活用水をストックする役目を担っている。特に、避難所として利用される学校等の施設、機能中断の許されない病院、災害派遣の活動拠点になる自衛隊駐屯地・基地等の重要施設では、貯水タンクは重要なインフラであり耐震化対策を急ぐ必要がある。

 一方、貯水タンクの耐震問題に関しては、東北地方太平洋沖地震(以下、東日本大震災)の被害調査1)、 2)で最新の基準で設計・製作されていたステンレス製やFRP(強化プラスチック)製パネル式貯水タンクが、スロッシング現象やバルジング現象等が原因となって壊れていることが判明している。さらに熊本地震3)、 4)では、多くの上水道用の同型式の貯水タンクが被害を受け、熊本県内のみならず遠くは大分県に渡る各地で発生した。これにより、災害拠点病院等で水を蓄える貯水タンクが使用不能となり、これらの病院では、大量に水を使い生命に直結する人工透析を行っている患者を受け入れられなくなるなど、『命の水』が危機となる事例が発生した。

 そこで、本稿では熊本地震における貯水タンクの調査事例を示しながら、災害発生時の『命の水』を守るために貯水タンクの耐震向上が必要であることを述べるものである。次に、同一容量の実機ステンレス製パネルタンク(以下、SUS製)、FRP製パネルタンク(以下、FRP製)、鋼板製一体形(以下、鋼板製)の3種類の貯水タンクを用い、同一条件で振動実験を行ったので、地震時のそれぞれの貯水タンクの特徴を示すものである。

2 熊本地震による貯水タンクの被害

 東日本大震災の記憶も鮮明に残る中、2016年4月14日~16日に熊本県を中心として震度7の地震が2回、震度6強が2回発生し、余震は4,000回以上となっている。この地震は、活断層による直下型の地震であり、震源が浅いことから地表面に大きな揺れを生じさせて甚大な被害を発生した。さらに、複数の活断層が同時に動いた可能性があり、前震・本震・余震の区別が難しい『日本の近代観測史上、聞いたことがない』と言われている。

 著者らの研究グループでは、発災直後の4月17日から熊本市を中心として現地調査を実施してきた。発災直後ということで、救助活動の妨げにならないことを第一と考えたことから、十分な調査ではないが、熊本市を中心とした周辺の災害拠点病院での貯水タンクの被害や上水道の大型配水池、その他公共施設等でのタンクの損傷を確認することができた。

2.1 病院関連施設の被害

 写真1は、熊本市南区のA病院である。FRP製の上部の側壁ならびに天井部(天井から光が漏れている)が損傷している。これは、貯水タンク上部の破損であり、スロッシング現象が原因と考えられる。写真2は、熊本市南区のB病院である。SUS製の側壁隅角部下側壁のパネル接合部が縦方向に割れている。この被害は、バルジング現象が原因と考えられる。その他、熊本市中央区のC医療センターではFRP製が、合志市のG病院ではSUS製が、それぞれスロッシング現象が原因と考えられる被害を受けている。


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2.2 水道関連施設の被害

 大型の水道関連施設である配水池関連では、写真3に示すように熊本県菊池郡の配水池で、SUS製タンクの下部パネルの溶接部分ならびに隅角部から水漏れが生じている。これも同じくバルジング現象が原因と考えられる。さらにこの地域では、3基のSUS製に損傷が生じており、これらは全てパネル上部で発生していることから、スロッシング現象が原因と考えられる。


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 写真4は2010年に設置された最新の耐震設計基準を満たす熊本市内の大型配水池である。隅角部上部のパネルに凹みならびに天井部パネルの溶接部に多くの割れの損傷が生じている。また、内部の天井付近では、補強材が座屈していることがわかる。これはスロッシング現象が原因と考えられる典型的な被害例である。熊本市上下水道局への聞き取り調査によると、復旧工事のために壁面パネル全体の30%程度のステンレスパネルを交換することになったとのことである。なお、このタンクは隅角部に曲げ構造を有して補強した形式であるので、この部分での大きな損傷は免れたと思われる。さらにこの地域では、他に3基のSUS製タンクに損傷が生じており、これらは全てパネル上部で損傷が発生していることからスロッシング現象が原因と考えられる。


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 写真5は、上益城郡甲佐町の配水池のSUS製タンクの修復作業終了後の状況である。写真5(a)に着目すると下部の側板に漏水の跡があり、バルジング現象によって損傷が発生したと考えられる。また、SUS製タンク隅角部の様子を写真5(b)に示す。ここでSUS製タンク隅角部は、通常タンク内側から溶接されているが、写真5(b)に示すSUS製タンクは、隅角部外部壁パネル間を直接溶接して復旧工事が行われている。この溶接により隅角部を固くして柔軟性を下げてしまっていることから、ここがさらなる損傷発生箇所となる可能性が高い。なお、この復旧方法で施工された理由は、現状では不明である。


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2.3 その他公共施設関連の被害

 熊本地震において、公共施設関連での貯水タンクの被害は、熊本市周辺ばかりでなく九州北東部にかけての広い範囲で発生した。

 写真6は、熊本市内から100Km以上北東部に離れた大分県内の大型FRP製貯水タンクの被害例である。この貯水タンクは、最新の耐震設計基準で設計されている。写真6(a)は後述するFRP製タンクの弱点である隅角部で水漏れが発生している。さらに写真6(b),(c)に示す様にタンク上部での天井パネルに被害が集中していることがわかる。写真6(d)は、基礎部分の剥離であり、タンク内に大きな力が作用したことを示している。これらのことから、震源から100Km以上離れた地点でもやや長周期の地震によりスロッシング現象が発生したと考えられる。被害が震源より離れた所で発生する典型的な事例である。


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 写真7は、熊本市内から40Km程度南東に離れた公共施設のSUS製の貯水タンクの被害である。写真7(a)に示す様にタンク下部での被害であるので、バルジング現象が発生したと考えられる。これを裏付ける様に、写真7(b),(c)に示すパネルが流体と連成して振動を生じたことでタンク内部の補強材に生じた座屈、溶接部のクラックに水漏れである。これもSUS製タンクの典型的な被害事例である。また、写真7(d)の様に、パネル式タンクは、一度水漏れが生じると修理を行っても完全に止水することが難しい事例である。


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 写真8は、合志市の公共施設のSUS製タンクである。写真8(a)によると上部の側板がタンク外側に向かって大きく変形をしている。また写真8(b)によると上部パネル接合部から漏水が生じている。このような損傷から、ここでの損傷原因は上部パネルでの損傷であることから、スロッシング現象によるものと推定される。その他、合志市内ではD病院において、スロッシング現象が原因と考えられるパネル接合部からの漏水損傷が発生している。

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 その他、公共住宅や集合住宅においてもスロッシングが原因と考えられるSUS製、FRP製貯水タンクの被害が確認されている。なお、ここでの調査結果は限られた調査であるので、この他多くの被害が周辺で発生している可能性も考えられる。

 その他、我々研究グループで調査した結果を含め熊本地震での貯水タンク被害8)を表1に示す。


表1 熊本地震による貯水タンクの被害状況 8)

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3 揺れ方(周期)の違いで発生する被害の違い

 地震の大きさは、震度やマグニチュードで表されるが、構造物にはもう一つ特有な地震の揺れ方が大きな影響を及ぼし、被害を大きくする。これが固有周期と呼ばれており、構造物毎に特有である。地震動と周期の関係を表2に示す。


表2 地震動と周期の関係

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 東日本大震災の例として、宮城県栗駒市周辺で震度6強~7でも被害が少なかったことである。ここでの揺れは、震源に近いことから周期の短い地震動であったことで、建物の耐震性が充分であった訳ではない。一般に古い木造家屋は、震度6弱程度の極短周期地震動に対しては影響が少ないが、同じ震度のやや短周期地震動に対しては倒壊する可能性が格段と高くなる。これは、古い木造住宅の固有周期がやや短周期地震動域にあるためであり、1995年兵庫県南部地震での木造住宅の倒壊被害がこれに相当する。また、今回の熊本地震もこの周波数域を活断層直上で持っており、このために多くの木造住宅が壊れたと考える。

 一方、超高層建物は、極短周期地震動、やや短周期地震動のいずれに対しても問題は少ないが、やや長周期地震動の場合に関しては、一般の建物はほとんど被害が無いにも係わらず、超高層建物では激しく揺れる。体感的には「グウラ、グウラ」と揺れる船に乗っているような揺れである。東日本大震災の例として、震源から200km以上離れた東京では震度5強であったが、新宿の超高層ビル群が10分以上も大きくゆっくりと揺れた。さらに震源から600kmも離れた震度3の大阪府咲洲庁舎(高さ256m)では、エレベータ停止による閉じ込め事故や内装材や防火扉が破損するなどの被害が生じた。その他の被害として、ビルの外壁の落下、体育館や公会堂等の天井の落下、さらには石油貯槽タンクや核燃料貯蔵プール等の内部の液体が波打つスロッシング現象による溢流などが発生した。

 ところで、被害地域が大規模な平野や盆地にある場合、伝播して来たやや長周期地震動や長周期地震動がその平野や盆地の直下にある堆積層で増幅・強化されて、揺れ幅が大きく、揺れている時間も長い地震動になる可能性が指摘されている。これは「平野や盆地」が構造的に第三の発生条件となる場合であり、今回の熊本地震においては、熊本平野や阿蘇山周辺の盆地がこれに該当した可能性が考えられる4)。

 一方、2013年から長周期地震動階級が新たに気象庁から試験的に発表されているが、熊本地震において14日の地震で階級3、15日(00時03分)の地震で階級4、16日の地震で階級4を示している。これは、長周期地震動の観測が試行されて以来、国内初である。このように熊本地震がやや長周期地震動の揺れをそれも3回余りの地震で持っていたことから、スロッシング現象等を原因とする貯水タンクの被害を発生させたと思われる。

4 貯水タンクの耐震設計基準の現状

 貯水タンクの耐震設計基準は、形状が単純であることから震度法による静的解析を採用しており、動的な設計手法は現状では取り入れられていない。具体的には、側板のパネルの素材の種類に応じてタンクを製造している関連業界毎に設置された協会9), 10), 11)において、自主的に作成されているのが現状である。ただし、これらの耐震設計基準は、FRP水槽耐震設計基準9)が基本となっており、これを基にしてSUS製タンク、鋼板製タンクの特徴を加味して加筆され、タンク形式毎への耐震設計基準とされている。

4.1 スロッシングに関する考え方

 スロッシングに関しては、貯水タンク壁板を完全剛体と仮定し、Housnerの式12)に代表されるように、貯水タンクの流体運動を簡単な物理モデルで近似している。これを基に、矩形や円筒形に対する地震時動液圧を求めるための設計近似式が導けることを前提にしている。

 そのためここで示されている地震時の動液圧は、貯水タンクの剛体運動に伴って生じるものであり、その結果入力加速度に比例する形となっている。

 具体的にはスロッシング波高・波動圧に対し、式(1)~(3)で求めることとしている。この時の速度応答スペクトル値SVは、耐震性を特に重視して上層階の屋上及び塔屋に設置する場合、最大で375 cm/sで設計するとしている。

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 ここで、p_roは水槽天井部に働く基準変動水圧、Wは波高、ω_sは1次スロッシング固有円振動数、ρは内容液の密度、lは角形水槽の一辺の長さの1/2、hは水深、hsは上部の空隙をそれぞれ表す。

 ここでの考え方は、スロッシングは地震の加速度が小さくても、やや長周期成分と水槽固有のスロッシング周期が接近して共振状態になることによる。図1のスロッシング発生時の水面の模式図に示すように、天井部等に高い水圧が発生させるとともに、上部の側板付近では負圧が生じることで、これらの部分を破損させる危険性があると考えられている。

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4.2 隅角部に関する考え方

 耐震設計基準9), 10), 11)では、波が側板に直角に作用することを前提として考えられている。しかしながら、著者らの研究 13), 14)によると振動方向に方向角がある場合には、隅角部に波が集中し対角線方向の加振方向角で最大波高が得られることを示している。

 そのため振動方向の角度が設計基準に考慮されていないので、上記のスロッシングの式が過小評価されている可能性も考えられる。なお、FRP製タンクでは、壁面外側に形鋼で補強されるのが耐震性向上の一般的な手法である。しかし隅角部は、構造上の関係から特別な補強が施されていない。またSUS製タンクは壁面内側を補強しているが、同様に隅角部は補強が十分に施されているとは言えない。さらに、被害調査の結果を加味すると、隅角部がFRP製タンクならびにSUS製タンクの弱点となっている可能性が高いことを付記する。

4.3 バルジングに関する考え方

 バルジングは、側板のパネルが液体と接して振動することから、側板が弾性体として変形しながら振動することであり、流体と構造の連成振動(Fluid-Structure Interaction)の問題として扱われている。そのために明らかにスロッシングとはその性状が異なる。よって、バルジングが貯水タンクの設計に反映されてこなかったと考えられる。図2に示す模式図の様に、バルジング発生時には側板のパネルに水深方向へ大きくなる水平方向の圧力P’w(動液圧)が繰り返し作用する。これが地震発生時に衝撃力となり側板を加振することから、下部側板のパネルに損傷被害が生ずることとなる。さらに振動方向に方向角がある場合には、前述のように波が隅角部に集中するのでこの部分に損傷が集中することになる13)。

 このように東日本大震災や熊本地震で広範な地域で貯水タンクにバルジングの被害が多数発生したことを鑑み、貯水タンクの耐震安全性を向上させるためには、バルジングの現象としての解明が緊急の課題である。さらに、この成果を貯水タンクの耐震設計に反映させ、バルジングに対する対策をどの様にこの耐震設計基準に取り入れるかが大きな課題である。

4.4 耐用年数

 FRPは、一般にメンテナンスフリーであると考えられている。しかし、FRP製貯水タンクは、使用年数の増加とともに水の浸透及び日光のばく露などにより、タンク本体の物性値が低下するとされている。FRP製貯水タンクメーカー及び業界団体は、耐用年数を15年として設計9)しており、15年を超えて使用することを保証していないのが現状である。言い換えればFRP製は、15年での交換が望ましいことになる。

 しかしながら、現実にはそれを超過して使用されているFRP製貯水タンクが多く存在していることも事実である。この様な貯水タンクは、劣化が著しく、地震等の災害時や年に一度の保守作業時に本体破損や漏水等の事例が数多く報告16)されている。また、コケの発生や亀裂から混入する昆虫等により、タンク内の水質悪化の恐れがあり、老朽化した貯水タンクは安全安心な水を供給するための維持管理により多くの労力が必要となっている。この点は、要注意すべき項目である。

5 実機貯水タンクの振動実験

 外壁の素材別三種類の実機貯水タンクを大型振動台に設置して振動実験を実施し、タンク構造形式の違いによる応答特性の違いの特徴を明らかにする。ここでは、タンク壁面に加速度計を設置し、加振時にタンク壁面の応答加速度を計測することで、タンク構造形式による挙動の比較・検討を行うものである。

 写真9~11に示す各辺3,000mmの各貯水槽に水深2,700mmまで水を注水し、加振実験を行う。本実験で計測する応答加速度は図3に示すように、面の中心に底面から高さ500mm、1,500mm、2,500mmの3箇所に設置する。入力波形は図4に示す兵庫県南部地震神戸海洋気象台で観測された加速度成分のうちNS波成分を用いる(以下、神戸波)。

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 本実験では、水深は2,700mmと統一し実験を行うため、本貯水槽の固有振動数は、1次モードで0.49Hz、2次モードでは0.87Hzである。図5に図4で示した神戸波の加速度についてスペクトル解析を行った結果を示す。ここに、今回使用する貯水タンクのスロッシング固有振動数1、2次モードを破線で示す。これらにより、貯水槽の構造形式による違いを比較・検討する。

 図6にそれぞれの貯水槽において計測された壁面の応答加速度を示す。ここでSUS製では、最大加速度が約65m/s2であるのに対して、鋼板製は約10m/s2程度となっており、鋼板製の最大加速度はSUS製の約1/6である。FRP製では最大加速度が約27m/s2程度でありSUS製と鋼板製の間に位置する結果となっている。これは、SUS製が板厚1.5~2mm程度のステンレスパネルの組合せで構成されていることから、元々剛性が低いので揺れやすい構造であることに起因している。さらにパネル間接合部分に補強材が多数入っているので、写真7(b)ならびに写真9(b)に示すように、高さ方向に対して剛性の低い部分と剛性の高い部分とが入り組んだ構造となっている。そのためSUS製は、加速度計の設置位置によって計測結果に違いがあることになった。また、内溶液の移動が起振元となって板が振動して加速度が高くなったと考えられる。このことからも、SUS製の貯水タンクでは壁面と内溶液が連成して振動するバルジング現象が発生したと推定される。これに対して鋼板製は、計測位置による違いは見られず、ほぼ同等の値を示している。これは、鋼板製は板厚4.5mmでコルゲート構造となっているので剛性が高く、壁面の強度が均一になっていることによるものと思われる。また、剛性が高いことで板が振動せず、そのため最大加速度が約10 m/s2程度になったと考えられる。FRP製では、材質の剛性が低いため内溶液の運動が支配的になる。そのためパネル自体の振動ではなく、内溶液の振動によって大きくパネルが変形するためSUS製の最大加速度ほど大きくならなかったと考えられる。

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 壁面で計測された加速度応答をスペクトル解析した結果を図7に示す。各貯水槽を比較すると、スペクトルピークが明らかに異なっていることがわかる。SUS製は、3.6Hz付近にスペクトルピークがあるのに対して、鋼板製は4.7Hzおよび9.7Hz付近にスペクトルピークが存在する。FRP製では2.1Hz付近にスペクトルピークを示している。この構造形式の違いによるスペクトルピークの差は、各貯水槽の剛性が異なるためと考えられる。鋼板製の剛性が最も高いことから高周波数側にスペクトルピークを示す結果となり、鋼板製に比べSUS製の方の剛性が低いため低周波数側にスペクトルピークが存在する結果になった。さらにFRP製の剛性が低いことから最も低周波数側にスペクトルピークを有する結果となった。

 さらに、図5に示した入力地震波のスペクトルと比較すると、SUS製やFRP製のスペクトルピークはここで用いた神戸波のスペクトルピークに近い値となっているために、バルジング現象が生じパネルの振動につながったと考えられる。これに対して、鋼板製は内容液のみのスロッシング現象が生じたことを示唆している。また、10Hz付近の高周波数帯をスペクトルピークに含む地震は起きにくいことから高周波数側にスペクトルピークを有することで共振し、貯水槽が破損する危険を回避することができる。

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おわりに

 毎回大きな地震が起きる毎に貯水タンクに被害が生じ、かつ熊本地震においても最新の基準で設計・製作されていた貯水タンクでも被害が生じたことに鑑み、貯水タンクの耐震性向上は必要不可欠となっている。ここで貯水タンクにスロッシングやバルジングに起因する破損・損傷が発生しないような設計をするために、これまで以上に耐震性を向上する等、災害への抗堪性を重視した仕様を選択することが必要である。現行の設計基準の流れを踏襲するのであれば、貯水タンクの壁面を剛性の高い構造とすることが望ましい。

 具体的には本稿で示した三種類の実機貯水槽による加振実験結果から、剛性の高い鋼板製はパネルが振動せず最大加速度が小さい結果となった。また、スペクトルピークも高周波数側に位置しており、この結果からも最大加速度が小さくなっている。これに対ししてSUS製とFRP製では最大加速度が大きく、かつスペクトルピークも低周波数側に位置していることから、剛性が低く内溶液の影響を受けやすい結果となっている。このため両者は、大幅な設計変更が必要と考える。

 一方、既存の貯水タンクにおいては、交換までの期間の耐震性向上を図ることが必要である。具体的には、産学連携の共同研究の成果として、施工が簡単で安価かつ衛生的な制振装置『浮体式波動抑制装置』の開発17), 18), 19)を行っているので、これを参考にして検討を進めてもらいたい。

 以上、本稿で取り上げた貯水タンクは、病院や学校などいざというときに避難場所等になる重要施設に必ず設置され、ライフラインとして重要な構造物の一つである。水が使えなければライフラインが閉ざされ、被災地域全体に大きな影響を及ぼすことになる。耐震性の高い貯水タンクを整備することで、結果として使用年数が長くなり、壊れにくい貯水タンクであれば維持管理に要する労力を軽減できる。近い内に発生する可能性が高い巨大地震を初めとした災害に備えるためにも貯水タンクの耐震性向上は必須の項目である。

参考文献

1)厚生労働省健康局水道課:「東日本大震災水道施設被害状況調査報告書(平成23年度災害査定資料整理版)」,3.1 拠点施設の被害状況とその要因・課題,2012.12.
2)井上涼介,坂井藤一,大峯秀一:2011 年東北地方太平洋沖地震における水槽の広域被害および地震動特性との関連の分析,土木学会論文集A1(構造・地震工学), No.71, Vol.4, pp.764-773, 2015.
3)国立研究開発法人建築研究所:平成28年(2016年)熊本地震による建築物等被害第五次調査報告(速報),pp.9,pp16,2016.5.
4)井上凉介, 坂井藤一, 大峯秀一:2016年熊本地震における水槽被害および地震動特性との関連について,土木学会論文集A1(構造・地震工学),No.73,Vol.4, pp.711-720, 2017.
5)厚生労働省:平成28年(2016年)熊本地震水道施設被害等現地調査団報告書,2016.
6)日本医療福祉建築協会:熊本地震による医療施設の被害状況に関する調査報告書,2017.
7)空気調和・衛生工学会:平成28年熊本地震 建築設備被害に関する調査報告,2017.
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9)強化プラスチックス協会:FRP 水槽構造設計計算法(1996 年版),1996.12.
10)日本ステンレスタンク工業会:ステンレス鋼板製パネルタンク(溶接組立形)設計指針 建築設備編,2013.2.
11)鋼板製一体形タンク工業会:鋼板製一体形タンク設計指針(KIT-D001-16),2016.2.
12)Housner, G. W. : The dynamic behavior of water tank, Bulletin of The Seismological Society of America, Vol. 53, 1963.
13)遠田豊,井田剛史,平野廣和,佐藤尚次:矩形断面容器において加振方向角を変化させた場合のスロッシング現象,土木学会論文集A2(応用力学),Vol. 68, No. 2, pp. 637-644, 2012.8.
14)小野泰介,曽根龍太,井田剛史,平野廣和,佐藤尚次:スロッシング発生時に貯水槽壁面が受ける動液圧に関する実物実験,土木学会論文集A1(構造・地震工学),Vol.70, No.4, pp.169-174,2014.7.
15)塩野谷遼,平野廣和,井田剛史,河田彰:実機貯水槽を用いてのバルジング振動に関する振動実験,土木学会論文集A1(構造・地震工学), Vol.73, No.4, 2017.8.
16)公益社団法人全国ビルメンテナンス協会:貯水槽清掃における作業の安全確保に関して,2017.
17)平野廣和:巨大地震に備えての貯水槽の耐震性向上の必要性-既存貯水槽用の施工簡単かつ安価な制振装置の開発-,給排水設備研究,Vol.31,No.3,pp.4-9, 2014.10.
18)平野廣和:地震の揺れから貯水槽を守る浮体式波動抑制装置『タンクセイバー・波平さん®』,産学連携ジャーナル,(独)科学技術振興機構,2016年9月号, 2016.9.
19)小野泰介, 竹本純平, 井田剛史, 平野廣和, 佐藤尚次:構造形式の異なる矩形タンクのバルジング振動応答特性の比較,土木学会論文集A1(構造・地震工学), Vol.76, No.4, pp.66-74, 2020.9.

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